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ホーム > しんきん経済レポート > 2011年No.5 2輪車の輸出台数

2輪車の輸出台数

国内2輪車生産台数の50%を生産し、オートバイ生産拠点とてして国内屈指である「オートバイの町 浜松」。国内オートバイ4 大メーカーの内、3社(ホンダ・スズキ・ヤマハ)の創業の地でもある。高度成長期には輸出産業として栄えた「浜松のオートバイ産業」。近年では東南アジアの新興諸国におされて厳しい状態が続いている。2 輪車の輸出台数※の推移はどうなっているだろうか。

1981年を100として指数化し、過去30年の輸出台数の推移をグラフに表してみた。分かりやすくするために、排気量125cc以下と126cc以上の2つのカテゴリーに分けて表している。

1981年というとバブル景気が始まる直前であり、戦後の長い高度経済成長がクライマックスを迎える時である。そこから10年が過ぎ、バブル景気の終焉をはさみ、1991年を起点として我が国は「失われた20年」とも呼ばれる長期の経済停滞を経験することになる。

この間の2輪車輸出台数を見ると、125cc以下の小排気量の車種と126cc以上の大排気量の車種では推移に違いがあることが分かった。125cc以下の車種は1981年以降、ほぼ一本調子に生産台数が減少している。1981年の台数と比較すると2010年はわずか1/50にすぎない。これは、50ccから125ccの排気量で、1981年に224万台も輸出していたものが、昨年、2010年は5万台にも満たない台数であったことが響いている。

これに比べ126cc以上の大排気量では1991年以降は下げ止まりの様相を呈し、リーマンショック発生前までは回復基調をたどっている。浜松地域のオートバイ産業にも好影響を与えたであろう。リーマンショック以降の落ち込みは厳しいものがあり、オートバイ産業に今度は逆の大きな影響を与えたことがうかがい知れる。

小排気量の輸出台数が減少し続けているのは、海外の需要減退というより、我が国オートバイメーカーの海外生産の拡大、新興国自国内メーカーの成長によるシェア減少が要因として挙げられる。「日産がコンパクトカーを海外で100%生産」の記事が躍ったのは昨年のこと。小排気量のオートバイの道を歩まないためにも、日本が誇る安全安心かつ高性能製品を、価格競争ではなくブランド品として海外マーケットに売り込む施策が 必要な時期が来ているかも知れない。

グラフ:2輪車の輸出台数の推移
※輸出台数: 自動車工業会調べ

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